アラフォーエリナの人生まいにち人体実験!

関西弁独女エリナ(35)による、 生きづらさを生きる楽しさに変えるための、35歳からの人体実験の記録。

踏んづけて、つぶれたらそれまで

「踏んづけてつぶれたらそれまでや!」
やって。

それを聞いて、薄ら寒い気持ちになった。





上の言葉は、ある日の職場での雑談での、先輩の一言です。


わたしはその先輩のことはわりと好きで、
気さくだし、カラッとしてて話しやすくて、他の同僚と一緒に家にも呼んでもらったりもした。

でも、結構悪口に近い辛口ぎみなのと、好き嫌いがハッキリしてるとこがあって、
あーちょっと怖いなこの人。って思うことも度々ありました。





で、くだんの話。

雑談の中で、人を育てるときに

「踏んづけられて、それでつぶれたらそれまでや。あとは知らん」
「相談を受けてたら相手が泣き出して、励ましたけど正直イライラした。勘弁してくれよって」

って言ってはって。




踏んづけてつぶれたらそれまで。もう知らん。



わたしは、その考えには賛同できなかった。
そんなの絶対間違ってる!とは言わないけど。


どっちかというとわたしは踏んづけられる側にいる意識があるので、
踏んづけられて潰される側に感情移入してしまう。


きっと先輩は、自分がそうやって育てられて、踏んづけられても反骨の精神で跳ね返して、
結果強く生きてきたんだろうな。




先輩のように、
自分に絶対の自信を持って強く生きてこられた人には、
弱くて苦しんで生きてきた人間の気持ちはわからないだろう。

みんなに認められて、はじめから輪の中に入って堂々と輝いてた人には、
輪の端っこや外側から、羨んで見ている人間の気持ちはわからないだろう。


どうせ弱い者の気持ちなんてわからんやろ!と、卑屈になるのは違うと思うけど。


できる人間にはできない人間の気持ちはなかなかわからない。
なんでできないのかが理解できないだろうから。

でも同じように、できない人間にもできる人間の気持ちはわからないんだろうけれど。

 


一連のやり取りを聞いていた管理職に、

「今どきは、ほめて育てる時代やで〜。バシッとやられてなにくそ!って這い上がってくるような子はもうほとんどいないよ。」

って言われてました。

わたしはその管理職の言葉をきいてちょっとホッとした。
管理職までそんなビシバシな考えならどうしようかと思ったから。






わたし、今の仕事は好きだけども、
この仕事を続けていくのに、精神的にしんどい時期がありました。

それは、わたしが自分に自信がなくて、心も強くないから。

全然ダメダメな自分なのに、ちゃんとした人間のフリしていないといけなくて、

模範的なフリして人と向き合うのが、かなりしんどかった。


でも今は、自分のいいところも少しずつ見られて、少しずつ肯定できるようになってきたから、
仕事に対してもだんだん肯定的に見られるようになってきた。



弱い自分だからこそ、わかることやできることもある。
弱い自分だからこそ、弱い人の気持ちをわかってあげられるかもしれない。



今日の先輩の言葉をきいて、
まだまだ、自分にもやれることがあるのかもしれないと
じんわり思いました。





先輩は確実にわたしと違う種類の人間だけど、

先輩に限らず、
違う人間をどうせ違う種類の人間だって思わないで、
歩み寄りのための想像力を働かせる努力はしたいなと思う。


だから、言ってることには全部賛成ではないけど、結局わたしは先輩のことがそんなに嫌いではないです。






そもそも本当に顔も見たくないくらい嫌いな人ってあんまいない。


逆にそんな人がいるなら会ってみたい。

きっと、そこまで強烈な嫌悪感を感じる人は、内側の自分の鏡やろうから。






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