アラフォーエリナの人生まいにち人体実験!

関西弁独女エリナ(35)による、 生きづらさを生きる楽しさに変えるための、35歳からの人体実験の記録。

母とわたし、人と人

去年から、ずっとしなければいけないと思っていたことがある。

それは、両親と本音で話すこと。

やりたいこと100の、【チャレンジ】の項目にも載せていました。


roma34ne7.hatenablog.com

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7月のブログ記事に、
「両親と話すことはいずれしなきゃいけない。」

そのことについて初めて書いていました。

もう、ほぼ半年が過ぎてたんだな。




実家は同じ市内ですごく近いですが、
仕事だ、とか都合が、とか言ってなかなか帰らず、

かといって帰ったからって世間話程度で話をすることもなかったです。




最近ほんとによく思うようになったのは、

人間、本当にやりたいことは何があってもやる。言われんでも。

(逆をいえば、やりたいと口では言っててもやりたくないことは、やらない。)




だから、わたしはこの半年は怖くて、やりたくなくて避けていたけど、

やっぱり母に自分の「ほんとうのこと」を伝えたくって、
そのことを一人静かに心に誓って年末実家に戻ったのでした。





そして戻った年末の実家。

これまた実家から歩いてすぐの所に住んでいる祖父の家で換気しまくりながら年越しそばを食べ、
元日は私が頭痛でダウンし…
(⇒2021年スタート! - アラフォーエリナの人生まいにち人体実験!)

などをしながらだらだらと過ごしているうちに、
いつのまにかもう1月3日になっていました(;゚Д゚)


この日は家族で車でちょっと出かけていて、本当は夜食べたら帰るつもりにしていたけど、両親に

「えっ、帰るん?もう遅いから明日にしたら?」

と言われて、泊まって帰ることにしたのでした。



この時点で、わたしは
「母と話すなら今日しかない!」と心に決めたので、

リビングから母を上手くわたしの部屋に誘導しました。

この時点で、いつどう切り出そうかとちょっと挙動不審。苦笑



じゃあおやすみ。と部屋を出ようとする母に、

「ちょっと話さへん!??」

と半ば強引に引き止めました。
(キョドりすぎでやばかったと思う。)







ええで(^^)と言ってくれた母に何を話したらいいかとっさにわからなくなったけど、




ポツポツと



この歳で結婚できてないこと、



孫を抱っこさせてあげられないかもしれないことが申し訳ないって思うこと。



今まで頑張ってきたこと。



強く生きているふりをしてきたこと



「ひとりっ子に見えないように育てた」という母の希望通りになるように、
(無意識に)我慢強く振る舞ってきたこと



ほんとは甘えたかったこと



ワガママが言いたかったこと





そして

ダメなわたしでも母はわたしを好きでいてくれるか?ということ。



について、母に話しました。

途中から何を言ってるか、
もう細かくは何を話したかよく覚えてないのですが。




話しはじめた時から、
わたしは子どものように泣きじゃくってしまいました。




母は、わたしが求めないでも
「もう泣かんでええ、泣かんでええから」

と、肩を抱いて背中をさすってくれました。

そして、私の話したことに対して、



「結婚が全てじゃないし、したかったらしたらええし、しなくてもええ。

孫がどうとか関係ないし、あんたがどうあってもお父さんもお母さんもいつもあんたの事は大事に思ってる。」


と言ってくれました。



そして、わたしをどんな思いで育ててきたかを教えてくれた。


「お母さんも不完全な人間やから、いっぱいいっぱいになってたと思う。

(兄弟がいないから)この先一人でも生きていけるように、わざと厳しくしてたとこもある。
もっと構ってやればよかった。ごめんな。」

と謝られました。

育てかた間違ったなぁ、と言わせてしまい、それは必死で否定しました。


余談ですが…
『 ひとりっ子はワガママ。 』

世間一般的にそう言われてるけど、
わたしは今まで、わがままなひとりっ子にあまり出会ったことがありません。

そしてわたしのことを、ひとりっ子だと思った人にも出会ったことがありません。
(いつもほぼ「弟がいそう。」といわれる)

『ひとりっ子はワガママ』という誰が言い出したか分からない世間の声に、
母もわたしも長いこと振り回されてきてしまったのかもしれません。

でもそれは母のせいでもないし、誰のせいでもないし、
カテゴライズしたい人間にはさせておけばいい。

自分が何者かを決めるのは自分であって、世間ではない。
強いて言うならわたしも母も「世間の声」を信じすぎただけなのかなと思います。






それから、

今まで母がどんな家庭で育ってきたか、
どんな思いで過ごしてたかを少し聞きました。


初めて聞く話が多く、母も母なりに色々なことがあったんだなと知ることが出来た。



母は今までわたしの「母」という存在でしか無かったけど、

その話をして、母もわたしの母である以前に一人の人間なんだということに
(いや、当然の話なんだけども)
気づけた、そんな大切な夜になりました。








その日は真夜中にもかかわらず2時間以上話をしました。

今までの自分では、こんなに母と話をするのなんて有り得なかった。

最後に、

母に甘えられなかったわたしが、
どこか両親に遠慮していたわたしが、

母に両手を広げて抱っこを求めたら、
母は抱きしめてくれた。

めちゃくちゃ恥ずかしかったんですけどね。

少し自分の中の何かが動いたような気がしました。





母が部屋を出る時に、

「またこうやって話そうな」

そう言ってくれた母の言葉が嬉しかった。


1番近しい母という人間と、
母と娘としてだけじゃなくて
人と人との交流ができたようで嬉しかった。


春になって暖かくなったら、
母と山登りにでも行こうと思います。
それまでに体力つけといてや、と母にはお願いしてあります。笑

これまで母と二人で出かけて、話しながら歩いたりご飯を食べたりして
人間対人間の交流をしたことがなかったので、
今年はそういうことをもっとできたらと思っています。



そして、母が今日まで元気でいてくれたことに感謝したいです。
伝えたくても伝えられなくなっていたなら、きっとわたしは一生救われることはなかったから。




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