アラフォーエリナの人生まいにち人体実験!

関西弁独女エリナ(35)による、 生きづらさを生きる楽しさに変えるための、35歳からの人体実験の記録。

変えられること、変えられないこと~ニーバーの祈り

大学受験の、入学共通テストが土日にありましたね。

今年からセンター試験に代わって実施されることになった試験。

何年か前からセンターが無くなって、試験の傾向が変わるって聞いてたけど、

たまたまこの年の受験に当たった子は大変だなーと思ってました。





それがどうでしょう。

実施の段になったら、新しい試験形式にプラスでコロナ禍だとは。

まさかこんなダブルパンチで色々起こるとは思わないですよね。


今年の受験生は、学校にも塾にも行きにくかっただろうし、大変だろうなと思います。

まだこれからが受験シーズン本番だしね。


その試験のニュースを見て色々思ったことがあったので、
今日はそれを綴ってみます。


朝のニュースを見て思ったこと

月曜、朝のNHKのニュースでその新しいテストのニュースをやってたんですが、


キャリア教育を専門にする大学教授のインタビューが流れていて、学生たちに

「今は困難なことが多いと思うが、
今後自分がどうしたいか、何を学びたいかを考えていってほしい。」

うろ覚えだけど、そんなようなことを言っていました。



そのニュース見ながら、

もう、少し先の未来ですらどうなるのか、
誰も先が読めない時代になってきたんだな、と思いました。


だから、「こんなはずじゃなかった」とかあとから言ったとしても、
誰も責任はとってくれないし(それは前からそうだけど)

「こんなはずじゃなかった」ってクヨクヨしたり怒ったりして生きてる時間がもったいなくなっていくんだろうなと。



今回の試験でもきっと、

「自分たちは試験方式が変わったうえ、コロナのせいで勉強もいつも通りできなかった!」

って思っている子と、

「色々想定外な事ばっかりだけど、今できることをやるしかない。」

って思った子ではきっと結果が違うだろう。


(他力本願できた高校時代の自分がもし今年受験だったとしたら、
絶対に文句垂れてる自信があるわ。笑)



思い通りでない現状に文句言って、人や環境のせいにするのは簡単だけど、

結局そうやってなにかのせいにした所で、その責任をとるのは自分でしかない。


ニーバーの祈り

以前読んだ本に、ニーバーの祈りという一節が載っていました。


ニーバーの祈り (Serenity Prayer)


神よ、

変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。


そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、

識別する知恵を与えたまえ。


このニーバーの祈りは、
ラインホルド・ニーバーという神学者によって書かれたもので、
このフレーズが有名みたいです。


「嫌われる勇気」という本を読んだ時に、この言葉に初めて出会ったのですが、
(本の内容については↓の記事に書いています)
roma34ne7.hatenablog.com

はじめはイマイチわからん!と思っていました。


でも折に触れて何度もこの一節を見ていると、
だんだん言ってることの大切さがわかるようになってきた気がします。


それとあわせて心理学の先生に言われたのが、

「親から貰った命、って言うけど、
命って、突き詰めたら「時間」だよ。
親から貰った時間の使い道は、自分次第。

そしてタイムイズマネーと言うけど、マネーどころじゃない。
タイムイズエブリシングだよ。」

と。

言われてみれば確かにそうだなと思いました。


生まれて死ぬまでの自由時間。
何をするのも、できるのも、
時間がある間だけ。



変えられることと変えられないこと、そして自分の持ち時間


成功者と言われる人や、日々を充実させている人は、
自分の時間が有限でいつか終わりが来ることを本当の意味で知ってるんでしょう。

自分の「持ち時間」という感覚を意識してる。


だから、

変えることの出来ないものを変えようとしたりして無駄な時間(命)は使わないし、

変えることの出来るものにはしっかり自分の貴重な時間(命)を使うのでしょう。

だからこそ、成功できたんだろうし充実するんだろうな。



今までわたしは、
変えることのできないもの(たとえば、他人とか)に必死でしがみついて、

変えられないことに文句をタラタラ言い、
なんで自分ばっかりこんな目にあうんだといじけていた。

いじけるだけで、どうにでも変えられる自分の行動は変えず、何もしなかった。



完全に、変えられないことと変えられることの分別も上手く付けられてなかったし、

変えられないものを変えようと躍起になり、
変えられるものを変えようともしなかった。



ニーバーの祈りのように、

わたしも、そういう風に生きたい。

世間的な成功は別にしなくていいけど、
自分で思う成功と充実は存分にしたい。

そして、自分の持ち時間をめいっぱい使いたい。

そう思います。


これからの時代を生きること


冒頭の大学教授の先生の言葉に戻ります。


「困難があっても、自分がどうしたいかを考えてほしい」



今までは終身雇用とかの時代だったから、
大学卒って資格も大事だったかもしれないけど。


もう今後そういうのが徐々に重視されなくなって、
自分の腕っぷしを売りにして生きていく時代になるんじゃなかろうか、なんて想像する。


そうなったら、
人生の拠り所は学歴でも就職した会社の大きさでもなく、

自分がどうしたいかっていう意志と、
自分への信頼感になる
んじゃないかなって。


「自分がどうしたいか、どう生きていくか」は本当に自分で自由に決められる。

だから、いまからでも自分がどうしたいかがしっかりわかる人間になりたい。



変化の時代に生きるのはラッキーだ

そう思えば、
色んな変化が受け入れられ、当たり前な時代に生きていられることは、
ラッキーなんだろうなと思っています。

変化することが普通なら、

わたしがひとり何をしようが、世の中は別に気にしないだろうし。
好き勝手すればいいんです。笑



きっとわたしが少し昔の時代を生きていたなら、
いくらこれからしたいことが沢山あったとしてもこの歳で未婚ってだけで鼻つまみ者だったろうし、

有無を言わさず全然顔も知らない人とお見合い結婚させられてたかもしれんしね( ;∀;)

それがいい悪いは別にして。


就職、結婚、出産、子育て。

それが当たり前で疑わなかった時代から、
少しずつ「当たり前」がない時代へ移り変わっていく。


そしてそれが当たり前でないということが認識できること、
誰かの常識に縛られる必要はないこと、

あえて結婚しなくてもいい時代に、
大切な誰かと一緒に人生過ごしたいと思えるなら、
それは本当に本当に素敵な事だと思う。


社会保障制度とか少子化とか国の存続とか、その他もろもろの難しいことを考えると、
人が自由に生きることを手放しに賛同できないかもしれないけど、

それでも幸せを感じる人が今より増えるなら、
そのこと以上に優先することがあるんだろうかと思う。






超余談ですが、
ニーバーの祈りの原題は「Serenity Prayer」。

「セレニティ」って聞くと、私と同じ年代の人は心ときめく人が多いと思うのですが…。

どうでしょう?笑








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