アラフォーエリナの人生まいにち人体実験!

関西弁アラフォー独女エリナによる、35歳からの人体実験の記録。 音楽、ライブ、バイク、なんてことない日常、隙あらば自分語り。

自分の闇の中に

前回の記事の続きになります。

 

roma34ne7.hatenablog.com

 

今回も今回とて暗いし、訳分からないことをのたまう小難し記事になると思いますが、よろしければご覧下さい。

 

でも、自分の中では少し光が差してきています。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

前回の最後に

 

「彼の嫌だったことに対してこんなに自分の中で引っかかるということは、

自分がまだ自分に許していないことがある」

 

と書きました。

 

 

 

 

なんかこう書くと抽象的すぎてめちゃくちゃ分かりにくいのですが、

 


例えば…

 

仕事をテキトーにやっても評価される人を見てイラついたり許せない(スルーできない)のは、

 

「自分はテキトーにやらずにこんなに頑張ってるのに!!」

自分がテキトーにする自分を勝手に禁じているのに、逆のことを目の前でやられるから。

 

自分は頑張ることで価値があると思っているから、頑張らない人が許せない。

 

 

こんなふうに、自分が禁じたり我慢していることを目の前でやられると相手に腹が立つのですが、

その原因はそれを禁じている自分にある訳で

その我慢をやめない限り相手が変わっても同じように腹立つ事が起き続けるということだそうです。

 

 

 

 

 

わたしは今回の彼のことで、何が引っかかったのか考えました。

 

今回なにがあったか端的に言うと、

ちょっとマナーの良くなかった他人に対して、チベスナくんが口調きつめでわりと直接的に怒ったんです。

 

 

そしてわたしにとっては、そんな風に知らない人に直接怒ってその場に波風立てるなんて有り得ないんです。

(ちなみに、怒ったチベスナくんの気持ちはわかるが、相手のことも考慮してあげてもいいやん、とわたし的には思う感じの出来事でした)

 

 

 

 

わたしは、人に直接ネガティブな感情、特に怒りとかをあらわにすることがすごく苦手です。

(このブログ上では結構怒ってる事もありますが、大体自己消化のために1人で怒ってたりです…)

 

これはパートナーはもちろん、普段の人間関係でもそうで

何か嫌でも我慢して、自分の意見は封じこめ、怒りとか悲しみで我慢できなくなったら去ることを繰り返してきました。

 

だから、わたしは基本的に話し合いが怖くてできない。

ましてや、喧嘩なんてしたらもうその人とはおしまい、くらいに思っています。

 

 

そんな感じで、人と違う意見を主張したり、怒ったりすることは良くないことだと思って、無意識的にずっと封印して生きてきたなと改めて気付きました。

 

今回の彼の行為は、そういうわたしの精神的なタブーにめっちゃ触れたんだと思います。

 

 

 

 

人はきっと、自分からも見えないくらい心の深い暗闇の中に、許せない自分や嫌いな自分をたくさん封印しているのでしょう。

 

そして、生きづらさを感じている人は、その許せない自分という「タブー」が多い。

 

暗闇に隠れているから、一体何が自分の癇に障るのかも分からない。

 

でも、パートナーや人付き合いを通して、その許せない自分が不意に外に現れる。

そして嫌でもそれを知って向き合わざるを得なくなる。

 

 

 

つまるところ…

 

わたしは彼の怒りの一面を見て、「彼はそんな人だと思わなかった!もう嫌いになりそう!」とか思ったのですが

 

そうやって彼の性質を原因に仕立てて、

自分がなんかモヤモヤ嫌な思いするのが嫌で、彼のせいにして自分の痛みから逃がれようとしているのでしょう。

 

 

 

 

 

それ、繰り返しているうちはわたしは誰とも気持ちよく生きていくことができません。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

今回、彼に対するわたしの気持ちの落ち込みは、そういう見ないふりしてたことに気づかせてくれたように思います。

 

そして、これって多分わたしが37年ずっと生きづらいと思いつつも見たくなくて避けてきた、わたしの問題の根底だと思うのです。

 

 

 

いつだったか、まだまだ仕事駆け出しの20代の若手だった頃、仕事関係で参加した講演の中でこんな話がありました。

 

 

「人生の課題をその時々で避けることは出来る。

でも、課題は避ける度にどんどん大きくなり、自分の人生の終わりに全てまとめて自分に降り掛かってくるのだ」

 

 

それを聞いた当時のわたしは、全く意味が理解できなかったのですが、分からない割にえもいえぬ恐怖を感じたのを覚えています。

何の講演だったかは思い出せないのに、こうやってそのフレーズだけやたら心に残っているように。

 

 

 

避け続けた課題は死ぬ時にまとめてふりかかる」

 

あれから10年以上経ち、この年齢になって

多分本当にそうなんだろうな、と何となく思うようになってきました。

 

 

 

 

 

 

パートナーは自分の姿を写す鏡といいます。

 

今このタイミングで、こんな事件(?)が起きて、彼を通して自分のことに向き合えてよかった。

 

 

 

苦しいけど、それくらい大切な機会なのだと思っています。

 

 

もうそろそろ、しんどい自分から解き放ってあげたい。

それが、自分が自分ヘできる自分への一番のプレゼントかもしれないです。

 

 

 

 

わたしのブログに何か共感できる部分がある方、

ぜひ↓のNakamuraEmiさんの音楽を聴いてみてください。

きっと刺さるし、痛いし、救われると思います。

 

 

ばけもの/NakamuraEmi

私を幸せにできるのは

世にも恐ろしいことに

ややこしい私です

 


www.youtube.com

 

 

 

 

 

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

 

よかったらまた遊びに来てくださいね(*^^*)

応援よろしくお願いしますm(_ _)m

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