アラフォーエリナの人生まいにち人体実験!

こじらせ村出身アラフォーの、感じたことや思ったことのたわいも無い記録。

ある父と母とそのひとり娘の話

最近、寝付きが悪い。


寝付きが悪いからか、よく夢を見ます。

そこに、最近よく親が出てくるんです。

今回は両親とわたしの話をします。
長いです。見る人によってはしんどいかもしれません。

もしよかったら読んでみてください。






この記事を書いていて、なんとなく気づいてきたことがあります。

roma34ne7.hatenablog.com



最近いろいろ調べたり本を読む中で、
共通してとにかくいわれてるのが、


「人格形成、考え方のクセには幼少期の親との関わりが大きく影響している」


ということ。




今までとりたてて意識したことがなかったのですが、

もしかすると親の言葉から、今のわたしの生きづらさを勝手に作り出していたのかも。

というより、ほぼ確実に、親の言葉が影響してるだろうなと確信しています。





わたしの家族は、父、母、わたしの3人家族です。


わたしは、両親との関係はおおむね良好だと思います。
毒親とかでもありません。

明るくて仲いい家族だと思っていた。




でも、あらためてよく思い返してみると、
仲いい家族とはお世辞にも言えない、
なかなかいびつな家庭だったな、と思います。



父は陽気な人でした。
さいころよく遊んでくれた。
でも、ハードな仕事をしていることもあって、変なところで厳しかった。
陽気さと冷たさの二面性がアンバランスな人だった。

そして結構キレる人で、母にキレてはよく物を投げて壊していました。

しょっちゅうリモコンは壊れるから新しいのが買い直されたし、
わたしのおもちゃを投げられて壊されたこともあった。
でも、それに対して泣いたり怒ったりせず、
あー。壊れた。残念。
と思っただけだった気がする。
怒る権利はあったのに。

思えばこの頃から、怒ったりする感情を出すのが苦手というかあかんと思ってたのかもしれない。



母もよく遊んでくれました。
いろんなことをさせてくれた。

上の記事にも書きましたが、
わたしは一人っ子です。

母はきょうだいを望んでいたのに、二人目不妊で心身ともにかなりダメージを受けたそうです。

「二人目はいつ?」
「きょうだいいないとかわいそうやで」

って、周りの心無い言葉に傷付いた、とよく聞かされました。
母自身、兄弟が多かったので、兄弟がいることが当たり前だっただろうし、
そうあるべきって信じてたんでしょうね。

どうしても第二子を授かれず、ついに諦めた母は、
わたしを「一人っ子はやっぱりワガママやな」と言われないように育てました。
幼い時分に「ワガママって言われないようにしてる」みたいなことを言われた記憶があります。


「ワガママいうと、お母さんが責められるから。」

わたしも幼いながらに、母に応えようとしたんだろうか。
しんどいことも、感情も、ガマンするくせはこのあたりからつくられたんじゃないかなと思っています。




何があったかは知らないですが、
わたしが思春期に入る頃にはなぜか両親はお互いほとんど口をきかなくなり、
家庭内別居状態になっていたと思います。

と思います、というのは、あまり覚えてないんです。

わたしは母とは話しても、父と話すことはほとんど無くなった。


子どものころは、わが家がいびつだって思いたくなかったから、
実際見えていても、そう認識してなかったのかもしれない。

無意識に、「我が家は平和」って思いたくて、そう無理にでも認識したのかもしれない。







そして、そんな状況を見てきたからなのか、
わたしは自分が幸せな恋愛、結婚をして家庭を築くこととか、
子供を育てているところを全く想像できないんです。
自分に自信がないのもあるけど。


いろんな抑圧が、わたしのなかで掛け違えて、がんじがらめになって、
今も呪いになっている。





両親を恨んだりは全くしてない。

でも、少しずつ自分の気持ちを紐解いて、ひとつ改めて気付いたことがある。

やっぱり、わたしは母が大好きだった。
父が大好きだったということ。


さいころ、言うなれば思春期の頃、

他の家族がどういうコミュニケーションするものかは知らないけど、
普通に話したかったんだな。

よくドラマであるように、
学校の話とか進路の話、家族の団らんで父と母と、3人で普通に話したかったんだな。


でも、それができなかったから。
今も、本音(というかわたしの正体)は両親に話せないでいる。


精神的にこんなにダメダメなのに、
「自立して、しっかり仕事をこなす、立派なひとり娘」のフリをしている。


母にも言えない。

父にはもっと言えない。



でも、いろいろ話したかったんやわ。


当時そんなことは考えたことなかったし、憧れすらしなかったけど、

それ、ほんまはしたかったんやな。

ただただ、二人から愛されてる実感が、子ども時代のあのときに、欲しかった。

別にあんたがどうなろうが大丈夫だ、受け入れてやると言って欲しかったんだ。



そして今、いい加減マジでダメダメなわたしの正体をバラしたいと思っている。

まぁとっくにバレてるかもしれへんけどね…^^;




今の今まで、
ほんとにこのブログの記事を書くまで、
全くかけらもそんなふうなことを意識したことがありませんでした。


自分で今書きながら驚きました。

え、自分実はこんなこと思ってたん?って。

すごいことに気づいてしまった心地。






現在の父と母はというと。

これまた何があったかわかりませんが、
二人はなんか仲良くなったみたいです。
二人でよく遠出してるみたいやし。
旅行にも行ってるし。


そんな二人の姿は、わたしにとっても救いかもしれない。

過去のしんどい家族のイメージを書き換えられるかもしれないから。





両親と腹を割って話すことは、
もはや避けて通れない課題だということはわかった。


かなり、抵抗感がある。

でも、何かしらの答えに近づいてきてる気がする。

あと少しで、あと少しで何ががつかめそう。






よかったらまた遊びに来てくださいね↓

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